『成功者物語』1日1話配信中!
映画「ターミネーター」で知られる超有名なハリウッドアクションスターであり、カリフォルニア州知事でもあるアーノルド・シュワルツネッガー。そんな彼も、俳優になった当初は出演作がまったくあたらない三流俳優でした。2本目の映画も3本目の映画もまったく当たらなかったのです。
そんな時1人の新聞記者が、彼にインタビューをしました。
「あなたはいったい何を目指してるんですか?」
俺は「ハリウッドのドル箱スターになるんだ」
彼の答えにその新聞記者は思わず噴出してしまいました。
(ケンタッキーフライドチキン創業者 1890〜1980)
インディアナ州ヘンリービルで、ハーランド・サンダースは生まれました。
早くに父を亡くした彼は、工場で働く母を助けて6才で料理を始めました。
弟妹と母のために焼いたパンが皆に大喜びされたのが7才。このときの嬉しさをカーネルは生涯語り続け、その感動が「おいしいもので人を幸せにしたい」というKFCの理念へと受け継がれていきます。
次のような銀行があります。
その銀行は、毎朝あなたの口座へ86,400円を振り込んでくれます。
ただし、その口座の残高は毎日の終わりにゼロになります。
つまり、86,400円の中で、
あなたがその日に使い切らなかった金額は すべて消されてしまいます。
あなただったらどうしますか?
もちろん、毎日86,400円全額を引き出しますよね。
僕たちは一人ひとりが同じような銀行を持っています。
19世紀末期アメリカでは客の注文に応じてのみ薬や飲料水を調合して飲ませるソーダ・ファウンテンを併設する薬局が流行っていた。
当時はどんな病にも効くという万能薬が良く売れ、薬剤師たちはより効果のある万能薬の開発を競い合っていた。
ジョージア州アトランタのジョンS.ペンバートン (John Pemberton)は1886年、フレンチ・ワイン・コカという精力増強や頭痛の緩和に効果のあるシロップを開発した。南北戦争に敗北し負傷したペンバートンはモルヒネ中毒になっており、コカインでモルヒネ中毒を治療できないかとコカインを入れた。
ペンバートンはそれを水で希釈して飲むように指示していた、ある日店員が彼のフレンチ・ワイン・アンド・コカを水ではなく炭酸水で割って客に出したのが美味と評判になり、これがコカ・コーラの原型となった
。製造当初は成分の中にコカインが含まれていた。
1902-1984。アメリカ・イリノイ州オークパーク生まれ。高校中退後、ペーパーカップのセールスマン、ピアノマン、マルチミキサーのセールスマンとして働く。1954年、マクドナルド兄弟と出会い、マクドナルドのフランチャイズ権を獲得、全米展開に成功。1984年には世界8000店舗へと拡大した(現在マクドナルドは世界119カ国に約30000店を展開)。後年にレイ・クロック財団を設立。さらにメジャーリーグのサンディエゴ・パドレス獲得など精力的に活動を行った。
1954年、52歳だったレイ・クロックはミルクセーキ用のミキサーを売るために全米を旅していました。そんな彼がロサンゼルス東部のサンバーナーディノで出合ったのがマクドナルド兄弟のハンバーガー・レストランだったのです。
清潔な店内、シンプルなメニュー構成、標準化された調理手順、セルフサービスによる効率化などに感心したクロックはチェーン化したいという望みを抱きます。
それが始まりでした。以後、クロックはマクドナルドを大きくするために事業に取り組み、現在のような全世界的チェーンをつくり上げたのです。五二歳からの遅いスタートでしたが、彼は大きな成功を収めることができました
