ジョンS.ペンバートン -成功者のための雑学日記-
19世紀末期アメリカでは客の注文に応じてのみ薬や飲料水を調合して飲ませるソーダ・ファウンテンを併設する薬局が流行っていた。
当時はどんな病にも効くという万能薬が良く売れ、薬剤師たちはより効果のある万能薬の開発を競い合っていた。
ジョージア州アトランタのジョンS.ペンバートン (John Pemberton)は1886年、フレンチ・ワイン・コカという精力増強や頭痛の緩和に効果のあるシロップを開発した。南北戦争に敗北し負傷したペンバートンはモルヒネ中毒になっており、コカインでモルヒネ中毒を治療できないかとコカインを入れた。
ペンバートンはそれを水で希釈して飲むように指示していた、ある日店員が彼のフレンチ・ワイン・アンド・コカを水ではなく炭酸水で割って客に出したのが美味と評判になり、これがコカ・コーラの原型となった
。製造当初は成分の中にコカインが含まれていた。
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レイ・クロック -成功者のための雑学日記-
1902-1984。アメリカ・イリノイ州オークパーク生まれ。高校中退後、ペーパーカップのセールスマン、ピアノマン、マルチミキサーのセールスマンとして働く。1954年、マクドナルド兄弟と出会い、マクドナルドのフランチャイズ権を獲得、全米展開に成功。1984年には世界8000店舗へと拡大した(現在マクドナルドは世界119カ国に約30000店を展開)。後年にレイ・クロック財団を設立。さらにメジャーリーグのサンディエゴ・パドレス獲得など精力的に活動を行った。
1954年、52歳だったレイ・クロックはミルクセーキ用のミキサーを売るために全米を旅していました。そんな彼がロサンゼルス東部のサンバーナーディノで出合ったのがマクドナルド兄弟のハンバーガー・レストランだったのです。
清潔な店内、シンプルなメニュー構成、標準化された調理手順、セルフサービスによる効率化などに感心したクロックはチェーン化したいという望みを抱きます。
それが始まりでした。以後、クロックはマクドナルドを大きくするために事業に取り組み、現在のような全世界的チェーンをつくり上げたのです。五二歳からの遅いスタートでしたが、彼は大きな成功を収めることができました
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マイケル・デル -成功者のための雑学日記-
世界的に有名なパソコンメーカーであるデルの創業者にして現会長。
1965年2月23日米国テキサス州ハウストン生まれ。
デルは当初、外科医を志してテキサス大学に入学した。しかし大学在学中の1984年、学生寮の自室で「PC's Limited」という名の会社を興した。デルは当時19歳、設立資本金は1000ドルであった。
マイケル・デルは自らのビジネスを始める際にいくつかの基本的なアイデアに従った。例えば、未完成品だけを在庫として抱えること、実質的には何も部品を在庫として持たないこと、顧客から注文があったときだけパソコンを製造すること、そして、完成したパソコンを顧客に直販すること、などといったものである。これが後に、既存の中間業者を仲介することのない完全受注生産の直販システムという(当時の業界では先例のない)ビジネスモデルとして、華々しい成功を収めることになる。
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リチャード・ブランソン -成功者のための雑学日記-
70年代末に世界を席巻したパンクの教祖「カルチャークラブ」から、大型ショッピングストア、ソフトドリンク、大型航空会社、そして鉄道。
これら一見すると印象も規模もバラバラにも感じるビジネスを1つに束ねる新時代の起業家、それがヴァージン・グループ会長リチャード・ブランソンです。
彼が統率するヴァージングループは、ヴァージン・メガストアからレコード会社、映画館、航空、鉄道、旅行、通信、放送、出版、金融、化粧品、飲料などの多岐に渡って事業を展開。
1997年の段階でグループ傘下の会社は100を超え、売上高32億ポンド(約7,640億円)、スタッフ18,000名以上(世界22ヵ国グループトータル)と、まさに一大企業帝国が形成されています。
日本以上に保守的と言われ、起業家が生まれにくいと言われてきた英国において「リスクを冒されなければ、何も得られない。われわれ誰もが世界を変えられる」との姿勢で、一代で一大企業帝国を築き上げた現代の伝説的起業家です。
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ビル・ゲイツ -成功者のための雑学日記-
チーフ・アーキテクト、現会長兼任
1955年10月28日、ワシントン州シアトル生まれ。正式な名前はウィリアム・ヘンリー・ゲイツ3世。一般にはビル・ゲイツの通称で呼ばれている。
19歳の時、ハーバード大学在学中にポール・アレンと共にマイクロソフト社を創業した。1980年代にIBM社によって開発されたパソコン向けにOSを開発する仕事を受託し、その成果としてMS-DOSが誕生した。その後発表された、Windowsは、OSとしては世界1位の市場占有率を誇る。アプリケーションソフトも多くが世界的ヒットを記録している。
マイクロソフト社は世界的なソフトウェア企業となり、20世紀において最も成功した企業のひとつに数えられるようになった。
ビル・ゲイツは現在、個人資産世界一を誇る資産家であり、同時に慈善団体「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」のオーナーでもある(メリンダとは妻の名前である)。
2005年3月には、英国女王エリザベス2世から「名誉ナイト」(KBE)の称号を授与された。
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